2021年7月7日水曜日

「言葉」と「手」の力(第100話、スピンオフ第7話)

※ 作品の登場人物や内容に言及があります。ネタバレを含みます。

※ 一個人の感想・考察です。

※ 二次創作のモブ霊を好んで読んでいるので、モブ霊目線での感想が多いです。他のCP推しの人は読まないことをお勧めします。

※ 原作師弟の関係は、あくまで「師弟愛」であり、「恋愛」ではないという大前提です(そういうジャンルの漫画ではないので)。


「言葉」と「手」の力

マッサージをして=手を使って体をほぐし、心もほぐすレは、手の力を知っている。

触れるということ。

モブは超能力でクルクル、つまり、触らず息も吹きかけずにたこ焼きをさますことができる。超能力はすごい。

けれど、彼を最後に救ったのはやはり「手」だった。

「手を繋ぐ」というのも、結局はそういうことではないだろうか。人と人を結ぶもの。絆。それが人の心を救う。

REIGEN第七話でモブが霊幻に手を差し伸べたのも、まさにモブが霊幻を救助したということ。「言葉」は相変わらず塩だが、それがこの二人にとっては丁度よい距離感なのかもしれない。

 

手を繋ぐということ


第100話でモブを救う為に師匠が手を繋ぐ

⇒REIGEN第7話で師匠を助けたモブが師匠に手を差し伸べる


100話で師匠はモブの心を救う為に手を繋いだ。

(精神的に)「手を離す」為に(物理的に)「手を繋いだ」わけだ。

ホワイティ後から師匠はモブを手ばなす準備を徐々に始め、最終的に関係解消を伝えたのが第100話。


「大丈夫だ」

モブは、師匠と繋いだ手を離してツボミちゃんに告白し、ふられる。

師匠とモブの相互利用依存関係は終了し、新たな関係性が構築される。

彼らの関係性が一旦壊れ、再構築するのが第100話、REIGEN第七話、第101話。

手放しても最終的に師匠が頼りにするのはモブ。それが明示されたのがREIGEN第七話だ。

モブは手を差し伸べる。再び繋いだ手は彼らの関係性が再構築された証でもあるように感じる。


すり込み的な保護者・被保護者の愛着関係から巣立って少女と恋を始めるというのは定石なのだけれど、本作が面白いのは、新たに保護者との関係性が(お互い本性を偽り利用し合う関係性から、歪みのない対等なパートナー関係へと)再構築されたことが描かれているところだろうか。


モブとツボミ

ツボミと手を繋ぎたかったモブというのは、やはりツボミに救いを求めていたのだろうとも思う。それを「恋」に化体していたからこそ、ツボミは「恋」を返さなかった。自分を承認するのはまずは自分だからだ。霊幻が言葉で説いたことと表裏一体だ。ツボミと霊幻はやはり鏡面で、反対方向から同じことをモブに教えていた気がする。

超能力に飽きたといい、かくれんぼの最中に帰ってしまうツボミは「行動」で、人間味が大切だという霊幻は「言葉」で、それぞれモブに同じことを教えていた。

モブの霊幻とツボミに対するベクトルは真逆で、ツボミは求めているけれど、霊幻は求めていない。霊幻はもう手に入れてしまったからだと思う。失ってみてはじめて強烈に執着を意識する対象のような気がする。子からみた親みたいなものだ。当たり前のように存在するけれど失ったら慟哭するだろう。だから、霊幻が鈴木社長に容赦ない攻撃を受けたときは、怒り百パーセントとなった。やはり霊幻を失うことは怖いのだろう。

もしモブ霊が成立するとしたら、本編終了後、師弟が一旦別離した後だろうなと妄想している。あくまで個人的な嗜好だが、私の場合は、彼らが離れるのは寂しいものの、あのまま延々と相談所に通い続けるよりは、一旦離れた方が関係性の発展が想像しやすい。

 

「手」の話しに戻ると、初対面でモブの肩に手をのせて「いい奴になれ」と言ってみたり、爪第七支部編でモブの頬っぺたをつかんで逃げてもいいと言ってみたり、「これからだ」と最後に肩に触れる霊幻は、やっぱり「手」で触れる人で、触れずに力を発揮する為に「手」をかざすモブとこれまた鏡面であると思う。


モ君=主人公=ラスボス

※ 作品の登場人物や内容に言及があります。ネタバレを含みます。 ※ 一個人の感想・考察です。 ※ 原作師弟の関係は、あくまで「師弟愛」であり、「恋愛」ではないという大前提です(そういうジャンルの漫画ではないので)。