※ 作品の登場人物や内容に言及があります。ネタバレを含みます。
※ 一個人の感想・考察です。
※ 二次創作のモブ霊を好んで読んでいるので、モブ霊目線での感想が多いです。他のCP推しの人は読まないことをお勧めします。
※ 原作師弟の関係は、あくまで「師弟愛」であり、「恋愛」ではないという大前提です(そういうジャンルの漫画ではないので)。
時間の流れが違う森の中
RE7は大好きな話なんですが、
森の中で時間の流れがゆっくり、という切り口で解釈しても面白いですね。
師弟の関係性を投影するようで。
モ君が小学生の時に訪れて始まった師弟関係の本質は保護者・被保護者。モ君は中学生となり思春期を迎えていたけれど、レはそれを認めたがらなかった(ワイティ)
モ君も目をそらしていた。彼らの関係性は彼らの間では小学生の時にスタートした時のままだった。
レが持たせていたGPS付きガラケー携帯電話は、レの庇護と束縛の象徴でもあった。
似たような解釈は、モ君の時給が300円だったことにも表れてるよね。この金額設定もいろいろ解釈可能だけれど、
好意的解釈としては、大金を持たせないようにするという配慮だろうけれど、
うがった見方をすると、やっぱりレの感覚としては、モ君は小学生のままだった(ままでいてほしかった)のかなと。
本当に可愛かったのだろう、小学生のモ君が。
「保護者愛」ですよね。手離すのは喪失以外の何物でもない。モ君が成長を認めさせたがったワイティの頃から、実質的にはレの喪失は始まってるのだ・・・。
彼らの関係性はどこかの段階でアップデートが必要だった。だってモ君は成長するから。時間は止められない。
煮詰まった、密度の濃い関係性は、まるであの森の中のようですね。あたかも森の中に迷い込んだかのように、師弟は関係性をどうすべきか迷っていた。
最終的に、彼らは森を抜け出した=次の関係性を見つけた、アップデートできたということ。
緩慢に流れていた時間は再び外界と同じに動き出した。
そのアップデートされた関係性の本質は描かれなかったけれど、手を繋いでいる一コマがエモいですね。
師弟は手に手を取り合って、森の中を抜け出した。
等身大とは
タ●リがアカ●ロ様を喰ったのが、ワイティ前後の師弟の庇護と束縛、相互依存・搾取関係の実演だとすれば、
レがモ君イメージのタヨリに喰われそうだったのは、レが自分を犠牲にして、踏み台にしてほしいということかもしれない。
レの一連の命がけの行動を彷彿させる。
でもそれも正解ではない。
自己犠牲って美しいけれど遺された人に傷を残すので。
正解は、まさに描かれたとおり、二人で手を取って森の中=迷宮を抜け出すということ。二人で外に出て、時間の流れ=成長=変化を受け入れる。
それが等身大の歪みのないパートナーということなんじゃないかな。
タヨリの森が示すもの
タ●リの森=時間の流れがとまった二人の世界
タ●リ=レ
アカ●ロ=モ
森の中を出る=二人の世界から外の世界へ飛び出す
という解釈だけれど、そこでなぜか二人で手に手を取り合ってるのがエモいし、二人の関係を妄想させる。
タヨ●が演じるのが「一番頼りにしている人」とすればそれを怖れて迷宮のような森の中を逃げ惑う有様って、それはもう、保護者に対する恐怖と葛藤、自立、思春期の悩み、その他本編のメタ表現でもあると思う。